東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)123号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本件考案の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 成立に争いのない甲第二号証(本件公報)によれば、本件考案の技術的課題(目的)、構成および作用効果は、次のとおりであると認められる。
本件考案は、例えば運動用上着の胸部、腕部等、作業衣、帽子の正面立ち上り部又は帯部等に付着して用いるマーク用生地に関するものである(第一欄第二〇行ないし第二二行)。従来この種のマーク用生地としては合成樹脂製の細糸を一本づつ交叉状に織り込んだことからなる化学繊維の一方面に当該化学繊維とほぼ同一の面種からなるシートを接着したものがあり、このようなシートからはさみで文字、図形等を切り取つてマークとして用いているが、このようなものは刺繍によるマークと比較して、平面的であり、鮮明度の点で劣るという問題点があつた(第一欄第二三行ないし第三六行)。本件考案は、このような従来のマークに存する問題点を簡易に解決したマーク用生地を提供することを目的とし(第一欄第三七行、第二欄第一行)、本件考案の要旨記載のとおりの構成を採用したものである(第一欄第一五行ないし第一八行)。
本件考案は、前記構成を採用したことにより、従来のものと比し繊維そのものの強度が十分大きく、また刺繍によるような立体観と鮮明度が得られるという作用効果を奏するものである(第二欄第二八行ないし第三四行)。
2 取消事由について
原告は、無効事由<1>に関し、審判請求書及び弁駁書において、各種の糸を使つて各種織方で織つた化学繊維織物について、それがどのようなものであり、どのように存在するかを示しているにもかかわらず、この点が明らかではないとした審決の認定、判断は誤りである、と主張する。
そこで検討するに、成立に争いのない甲第四号証の三、甲第五号証によれば、原告は、審判請求書及び弁駁書において大要、次のとおり主張したことが認められる。
本件考案の要旨は、登録請求の範囲に記載されているとおりである。ところで、従来のマーク用生地は、合成樹脂製の細糸を一本づつ交叉状に織り込んだことからなる化学繊維の一方面に当該化学繊維とほぼ同一の面積からなるシートを接着したものであることは本件明細書(本件公報第一欄第二三行ないし第二六行)に記載されているとおりである。
したがつて、本件考案と従来のマーク用生地は、前者が合成樹脂製の細糸を複数本束ねて撚り線としたものを格子状に、かつ不規則変り織りに織り込んだものとするに対し、後者は、合成樹脂製の細糸を一本づつ交叉状に織り込んだものとする点で相違がある。しかし、合成樹脂製の細糸を織り込んで化学繊維とすることは公知技術であつて何ら新しいことではない。また、織り込みを格子状とするか交叉状とするかは表現の相違であつて実質は同じである。そうすると、両者の違いは、化学繊維を織るのに合成樹脂製の細糸を複数本束ねて撚り線としたものを用いるか、あるいは一本づつのものを用いるかということと、複数本束ねて撚り線としたものを用いて不規則変り織りとしたものを用いるか否かということにある。
ところで、製糸技術で、細糸を数本束ねて撚り糸とすることは、糸を丈夫にすること、糸を太くすること、糸をほぐれなくすること、あるいは用いる糸の太さ、束ねる糸の本数によつては注連縄(シメナワ)状にすることは常識であつて本件考案者の考案にかかるものではない。また、不規則変り織り(横糸が浮び上がつて織れる織方)は公知の織り機で、しかも公知の織方で織られる織方であることは被請求人(被告)の答弁書及び本件明細書の記載からして明らかなことである。
したがつて、本件考案は、マーク用生地を作る上で従来からあつた各種の糸を使つて各種織方で織つた化学繊維織物の中から、糸を束ねて撚り線とし、これを不規則変り織りに織るという方法を単に選択して用いたというだけで、実用新案として登録されるような考案力はない。
右事実によれば、原告は、審判請求書及び弁駁書において、まず本件考案の構成と本件公報に記載するところのマーク用生地における従来技術を述べ、本件考案は、合成樹脂製の細糸を束ねて撚り線とし、それを不規則変り織りとした点で従来のマーク用生地と相違するものであることを指摘し、繊維織物において、細糸を束ねて撚り線とすることは本件出願前周知のことであり、また、糸を不規則変り織りという織方で織ることが公知の技術であることは本件公報に記載されているとおりであるから、結局、本件考案は従来からある各種の糸を使つて各種織方で織つた化学繊維織物の中から単に適宜選択して用いただけで、実用新案として登録されるような考案力はないとの主張をしたものであり、本件考案の構成を得るに当たつて選択された従来からある化学繊維織物について、その織物が具体的にどのようなものであり、また具体的にどのように存在していたのかの点についてこれを示していたものと認められる。
したがつて、原告の審判請求書及び弁駁書には右の点が示されていないから、原告の無効事由<1>の主張は採用し得ない、とした審決の認定、判断は誤りであるといわざるを得ない。
3 以上のとおりであつて、審決は、原告主張の無効事由について誤つた認定、判断をしたものであつて、これが審決の結論に影響を及ぼすべきものであることは明らかであるから、違法として取消しを免れない。
第三 よつて、審決の取消しを求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容する。
〔編注1〕本件考案の要旨は左のとおりである。
合成樹脂製の細糸を複数本束ねて撚り線としたものを格子状に、かつ、不規則変り織りに織り込んだ化学繊維の一方の面にシートを接着したことからなるマーク用生地。